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中学にはいって始めての学期試験が間もなく来るので、うんと勉強しなくちゃいけない。臨時試験には算術と読方(よみかた)は十点だったけれども、英語が七点で、理科と地理が六点だった。だから学年試験は余程(よほど)しっかりやらなくちゃならないのだけれども、お母さんが、勉強する時にはウンと勉強して、遊ぶ時にはウンと遊びなさい。日曜は空気の好い郊外に出て、身体を丈夫になさいと云われたから、今日はこうして森春雄君と一緒に田舎に来た。
東京からそう離れてないと云ったけれども、これだけの道を、仮令(たとえ)途中は電車に乗るにしても、毎日通うのは大変だ。だから飛山(とびやま)君は偉いと思う。毎日この辺から学校に通っているのだから。
飛山君は中学にはいってから始めて友達になった人だ。森君は小学校からずっと一緒で、とてもよく出来て、級長で通して来た、僕の大好きな友達だが、中学に来てもやっぱりよく出来て、臨時試験は皆満点だった。けれども中学となると、流石(さすが)に方々の小学校からよく出来るものが集っているだけに、森君に負けないような人も二三人ある。飛山君はその一人で、臨時試験はやはり皆満点だった。それに真面目(まじめ)でおとなしいから、僕は直(す)ぐ仲の好(い)い友達になった。
今日は森君と相談して飛山君の田舎に遊びに来た。本当に淋しい道だ。家はチラホラあるけれども、しーんとしていて、人がいるのかいないのか分らない位、通る人にも滅多(めった)に会わない。東京の町とは大変な違いだ。
「ああ、可愛(かわい)い犬が来たぜ」
森君はだしぬけに云った。森君は犬気違いだ。とても犬が好きで、犬とさえ見れば直(す)ぐ呼んで可愛がる。妙なもので、犬の方でも可愛がって呉(く)れる人は分ると見えて、時にはわんわん吠えて逃げて行くのもあるけれども、大抵(たいてい)の犬は尻尾(しっぽ)を振りながら森君の傍(そば)に寄って来る。
森君は舌を鳴らしながらその犬を呼んだ。真白のおとなしそうな犬で、おどおどしながらも、嬉(うれ)しそうにヒョコヒョコと森君の傍に寄って来た。見ると、可哀相(かわいそう)にびっこを引いている。森君も直ぐ気がついた。
「オヤ。びっこを引いているじゃないか。どうしたんだい。ちょっと脚をお見せ」
森君は往来にしゃがんで犬を抱えるようにして、びっこを引いている脚を持上げて、丁寧に調べた。
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