16人が本棚に入れています
本棚に追加
「大人なんて、案外駄目なもんだなあ」
僕は何が駄目なのかよく分らなかったので黙っていた。
工夫詰所を出た森君は後戻(あともど)りを始めた。すると、来る時には気がつかなかったが、一軒の小さい鍛冶屋(かじや)があった。ブーブーと鞴(ふいご)でコークスの火を燃やして、その中で真赤にした鉄を鉄床(かなとこ)の中に鋏(はさみ)で挟(はさ)んで置いて、二人の男がトッテンカンと交(かわ)る交(がわ)る鉄鎚(てっつい)で叩いていた。叩く度にパッパッと火花が散った。
森君は鍛冶屋の前に行くと又ツカツカと中にはいった。
「お寺の和尚さんの頼んだものはいつ出来ますか」
「ネジ廻しかね」向う鎚(づち)を振上げた男は迂散(うさん)そうな顔をして、森君を見ながら、「明日の朝出来ますだよ」
「有難う」
森君は鍛冶屋を出たが、ニコニコしていて何だか嬉しそうだった。
森君は先に立ってグングン歩いて行くので、僕はどこへ行く積(つも)りだろうと怪しみながらついて行くと、又(また)先刻(さっき)のお寺の門の所に来た。森君は平気でさっさと門を潜ってお寺の中へはいった。
「風岡君、僕はもう一ぺん縁の下に潜るから、あの変な坊さんが来ないか見ていて呉(く)れ給え。もし来たら、来たッと云って呉れ給え。好いかい」
僕がもうそんな事は好し給えと止めようと思っているうちに、森君はもう縁の下に潜ってしまった。僕は先刻の和尚さんが来たら又怒るだろうと思って気が気ではなかった。すると、向うの方から急いで来る和尚さんの姿が見えたから、僕は縁の下を覗(のぞ)きながら大きな声で、
「来たッ!」と云った。
森君は急いで這い出して来て起上(おきあが)ると、泥を払う暇もなく、
「風岡(かざおか)君逃げろ、逃げろ」と云って、一目散に走り出した。僕も夢中で駆け出したが、先に駆けて行く森君の手を見ると、何だか瓶(びん)みたいなものを掴(つか)んでいた。
「待てッ! こら泥棒!」
最初のコメントを投稿しよう!