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がちゃ、とドアが開いた。
僕はびくりと肩を震わす。この一か月、あのドアが開いたことはなかった。トーマ先輩は何故か僕より早くいるし、このクモの巣に訪問者などいないからだ。
ドアを開けたのはここ憲兵隊第二分隊の長、エドウィン・ブライトマンだ。副隊長はいないらしい。
短く刈り込んだ金髪頭で、今年三十を迎えるとは思えず僕と同期と言われたら、知らない人は信じてしまいそうだ。
「おやおや、エドじゃないかあ。こんな薄汚いクモの巣に何の用だい」
来訪者に顔を出した先輩は隊長の顔を見た途端、にやにやと笑い出していた。
「俺がここに寄る用事は一つだ。それ以外では近づきたくもないね」
そう言い捨てると隊長は紙の束をばさりとテーブルに放り投げた。
「今回は?」
「聞いたところ大したことはなさそうだ。詳しくはそれに書いてある。で……」
と隊長は僕の顔を眺め回した。
「こいつが新入りか……。使えるのか?」
「さあね。まだわからない。それこそ、君のほうが把握してるんじゃないのか」
「人事もテメえらで勝手に決めちまうくせによく言うぜ」
実は入隊前の試験で一度だけ会ったことがあるのだが、どうも隊長は憶えていないみたいなので少しがっかりする。
「どうだいエド。食べていく?」
「遠慮する。魔女から出されたものは食うなって家訓でな」
その言葉に先輩は笑った。
「私は魔女じゃない」
「それより性質が悪いさ。邪魔したな、ホロウマン」
そう言い、隊長は去っていった。
来訪者が来た後の部屋、という初めての空気感を僕が味わっていると。先輩はケーキに手をつけず、そのままテーブルに置いた。
「先輩、食べないんですか?」
「仕事だよ。コモンくん。食べてる暇なんてないし」
「でも、そのまま置きっぱなしって」
「大丈夫だ」
そう言うと、トーマ先輩は青いシャツの上からトレンチコートを着込み(彼女は憲兵隊のジャケットもまともに着なかった)、部屋を後にした。僕も慌ててその後を追う。
思えば僕はいつも彼女の後を追ってばかりだった。それはこの時から始まっていたのかと思うと感慨深い。
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