「狭間」

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ただ、恋を忘れてしまった彼はこう言います。 「どうして今まで自分は恋を恋だと思えたのか、それが今となっては判然としない。私は知らぬ間に恋というものをどこかへと置き忘れてしまったのだろうか。 然るに、今となってはそれを誰に聞く事もできまい……。 もし、今の今まで自分が恋だと思っていたものが、実際は全く別のものであったと言うのなら、いったい俺はなんの為に生きて来たのだろうか。 俺はそんな事すらわからなくなってしまいそうな気がするのだ。 『恋とはなにか』。俺は元よりそれを知らなかったのかもしれん。だからこそ、今になってそれを知ってしまうのが、俺はーー」 人間、生きていれば、忘れたい事もあるでしょう。 時には、時間と共に忘れてしまう事もあるでしょう。 しかし、それが本当に忘れても良かった事だったのか、はたまたそうでない事だったのか。それさえも、人はいつの間にか忘れてしまっているのかもしれません。 けれど時に、忘れてしまったものが果たして本当に忘れてしまったものなのか、それとも知らず知らずの内に自ずと心の内に封じ込めてしまったものなのか。 その曖昧さの狭間にある恐怖のようなものに気づく術は、やはり、この世のどこにもないのかもしれません。
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