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美容室には従業員用の出入口はなく、全面ガラス張りの正面にある自動ドアだけだ。
由衣が店内に入ると、鏡が十席あるものの、客は三人だけしかいない。
フロントを抜けて、すれ違うスタッフに形式だけの挨拶を繰り返しバックルームを目指す。
その途中で、パンツの後ろポケットに入れておいた携帯が振動した。
バックルームに入るなり携帯を引っ張り出し、液晶画面をポンと叩く。
【着信メール1件】
本田美和子からだ。
『この間はありがとね。それで由衣に話したいことがあるの。今夜、うちに来れない?』
由衣はジャケットを壁に掛けてソファに埋もれると、ヒールのついた靴を天気を占うように部屋の隅へと追いやった。
『わかった。9時くらいになるけどいいかな?』
入力しながら煙草に火をつけ、仕事用のシューズを足の指で挟んで手繰り寄せ、
「時間に追われているから仕方ない」と口ずさむ。
「おいおい、アシスタントの前では絶対にするなよ」と智樹は壁に寄り掛かりながらそう言った。
「どの辺から見てた?」
「足で靴を釣り上げたあたり、なんで? まだ何かげんなりすることやってたのか?」
「まさか」と言って煙草を揉み消すと、美和子からの返信。
『智樹くんも呼んでくれる? 食事の用意しておくから、一緒に食べましょう』
由衣はそのままを智樹に見せた。
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