第四章

3/5
前へ
/47ページ
次へ
美容室には従業員用の出入口はなく、全面ガラス張りの正面にある自動ドアだけだ。 由衣が店内に入ると、鏡が十席あるものの、客は三人だけしかいない。 フロントを抜けて、すれ違うスタッフに形式だけの挨拶を繰り返しバックルームを目指す。 その途中で、パンツの後ろポケットに入れておいた携帯が振動した。 バックルームに入るなり携帯を引っ張り出し、液晶画面をポンと叩く。 【着信メール1件】 本田美和子からだ。 『この間はありがとね。それで由衣に話したいことがあるの。今夜、うちに来れない?』 由衣はジャケットを壁に掛けてソファに埋もれると、ヒールのついた靴を天気を占うように部屋の隅へと追いやった。 『わかった。9時くらいになるけどいいかな?』 入力しながら煙草に火をつけ、仕事用のシューズを足の指で挟んで手繰り寄せ、 「時間に追われているから仕方ない」と口ずさむ。 「おいおい、アシスタントの前では絶対にするなよ」と智樹は壁に寄り掛かりながらそう言った。 「どの辺から見てた?」 「足で靴を釣り上げたあたり、なんで? まだ何かげんなりすることやってたのか?」 「まさか」と言って煙草を揉み消すと、美和子からの返信。 『智樹くんも呼んでくれる? 食事の用意しておくから、一緒に食べましょう』 由衣はそのままを智樹に見せた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加