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店を後にして、由衣と智樹は本田家を目指した。
店のある駅から三駅、そこからタクシーでワンメーター。
静かなタクシーの後部座席で、由衣は心愛の話を思い返していた。
店の外へは何度も見送りに出た。けれど女の子と言える年の子は見かけなかったし、客にも思い浮かばない。ただ、『女の子』と言われて思い出すことがある。それは志保里の通夜のとき、智樹の車から見た『女の子』だ。
「由衣大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「え……うん、大丈夫、後半忙しかったから」
由衣は俯くと、目に留まった智樹の手に自分の手を重ね合わせた。
少し骨ばった細くて長い指、撫でても滑らかで、そして暖かい。
「ちょ、くすぐったいよ」
「うん、でももう少しだけ……」
街の灯りが次第に薄れてくると、車は坂を上り始める。すると風景は木々が目に付くようになり住宅街へと変わってゆく。
あと数十メートルという所で、由衣は赤いゴムバンドを取り出した。
「ねえ、智樹……これに見覚えある?」
智樹は視線をゴムバンドから、由衣の瞳へと向けた。
「いや、知らないな」
「そう……ならいいの」
そしてタクシーは本田家の直前でメーターを変えて停車した。
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