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美和子は迷いなくドアノブに手を掛け中へと入った。
部屋の電気は頼りなく数回点滅すると、白い壁紙を煌々と照らし出した。
子供部屋としては広いスペース。大きな窓には青空をモチーフにしたカーテンがつけられ、壁際には絵本の並ぶカラーボックスやおもちゃの詰まった箱が置いてある。
ピンク色をした枠のベッドもあるが、マットレスだけが嵌め込まれていて使用感はない。
「買ったんだけどね、あの子、まだひとりじゃ寝られなかったのよ」美和子が寂しげに微笑んだ。
「見せたいものって何?」
そう尋ねられて美和子はドアを閉めた。
「これを見て」
美和子がドアの前から外れると、由衣は口元をおさえて悲鳴を殺した。
「こ、これは……」智樹が踏み寄る。
白いドアには鮮血で描かれたようなくっきりとした線が五本ついている。
「爪痕みたいだ」
智樹が恐る恐る指を近づけ爪先で擦ると、途端に微粒子へと変化して舞い落ち、床に痕跡を残すことなくまるで大気に溶け込むように消えてしまった。
智樹は五本の赤い筋に自分の手をかざしてみた。
「爪痕だとしても、ずいぶんと小さいな。志保里ちゃんが描いたのか?」
「最初見たときは私もそう思ったの、でも志保里には描けないのよ。あの子、アレルギー体質だったから、絵の具は志保里ひとりでは使わせたことがないの。初めて絵の具を使わせたときね、少し手についただけで全身に発心が出てしまったの」
「なるほど、アナフィラキシーショックか……じゃあ誰がこれを?」
「たぶん……あの子よ」
智樹と美和子がそろって由衣に顔を向けた。
由衣は親指の爪をかじりることで震えを堪えていた。それでもカツカツとわずかな、歯と歯が触れ合う音が治まる気配はなく、下瞼に溜まっていた涙が静かに頬を流れ落ちた。
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