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智樹に支えられながら由衣が階段を降りていくと、途中から湯船に足をつけているのかと思うほど空気が暖かく感じられた。
階段の中ほどを境に空気の壁がある。それは見て取ることはできないけれど、あまりの温度差に堪え切れず智樹の目からも涙が溢れた。玄関まで降りるとリビングの明かりに懐かしささえ感じる。
「茂さん?」
智樹がそう声を漏らしたのは、リビングの窓の向こうに彼の姿を見たからだ。
彼は庭先で何かを探すようにうずくまっている。
由衣もそれに気づくと、智樹の身体を押しのけて駆け寄った。
窓は開いていて由衣は裸足のまま芝生に飛び乗ると、茂の奥に美和子の身体があり得ない形をなして横たわっているのを見た。
一見すると仰向けに寝ているように見える。けれど下半身は明らかにうつ伏せだった。腹部あたりの芝生は血にまみれ、その粘調な匂いが夜風に乗って由衣の鼻腔にへばりつく。
由衣の足が無我の一歩踏み出すと、芝生の奥底でぬるりと伝わる体液の存在。
泣くとか叫ぶとか、そんなものはどうでも良くなっていた。
ただ、笑って欲しかった。
血で汚れた美和子の顔に今あるのは、見開かれた白い目だけだった。
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