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本田美和子は時計を見て思った。
幼稚園の送迎バスが来てしまう。
急いでエプロンを外しソファーへ掛けると、足早に玄関へと向かった。
外へ出ると薄い雲が空一面を覆っている。干した衣類が頭をかすめたが「大丈夫よね」と自ら背中を押し、停留所へと急いだ。
家を出て道沿いに五十メートルほど進むと停留所はある。
美和子が軒先に出たときには、既に数人の母親が我が子の帰りを待ちわびながら談笑している姿があった。
その輪に美和子は口角を上げながら駆け寄った。
「よかった、間に合ったのね」
一息つく美和子を囲って、母親達は口々に言葉を漏らす。
「ちょっと遅いわよねー、渋滞でもしてるのかしら」
「早くきてもらわないと、洗濯物が出しっぱなしなのよー」
「ほんと、うちもよー」
そんな無意味な会話から視線を外し、美和子はバスが来るであろう方向に目をやった。
あら? あの子、うちの子と同じ制服着てる……
住宅地を真っ直ぐに貫く道路の真ん中に、美和子はその姿を見た。
歳も同じく五歳くらいの、女の子。
黒く艶のある髪は、肩に少し掛かっている。
遠目で表情は分からないが、とても白い印象を受けた。
「ねえ、あそこにいる子ってご存知?」
そう言って振り向くと、話していた母親達は揃って空を見上げて言った。
「やだー、降ってきちゃったじゃないのー」
「え、なに? 美和ちゃん」
そう聞かれて美和子は「あの子よ、うちの制服着てるでしょ?」と女の子を指さした。
「誰もいないけど?」
そんなハズはない。美和子も視線を戻したが、そこには静かな道路の向こうから送迎バスが顔を出しているだけだった。
美和子の背中から「もう遅いのよ! まったく」と愚痴の嵐が吹き抜けてゆく。
周辺を見回しても、やはりそれらしい影は見当たらなかった。
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