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降り出した雨を手で遮りながら、美和子は愛娘の志保里と手を繋いで家へと急いだ。
「わー! リボンが濡れちゃう!」
志保里はそう言って美和子の手を振りほどき、垂れ下がるふたつ結びの根本を両手で握りしめた。
「しほちゃん! そんなことして走ったら危ないわよ!」
わずかな道のりの間に雨粒は大きくなり、玄関へつくころには地面を穿つ勢いで降りだした。
「今日、雨の予報なんて出てなかったじゃないのー」
ふたりで扉へ飛び込むと、志保里は真っ先に帽子を放って「お腹空いたー」とリビングへ消えて行った。
「こらー! しほちゃん! ちゃんと身体を拭きなさい!」
美和子がサンダルを脱いで三和土(タタキ)から上がろうとしたその時。
髪の毛先がふわりと前方へなびいた。
あら?
背後から吹き抜けた湿った空気の感触が、美和子の全身を舐めたように鳥肌が襲う。
「ちゃんと閉まっていなかったのね」
美和子は僅かに開いた玄関を見て、そう呟いた。
けれど、新築で購入して既に五年。そんなことは一度もない。
「欠陥住宅じゃ……ないわよね」
美和子はガチャとしっかり音をさせて扉を閉めた。
リビングへ行くと志保里がソファーに座ってアニメ番組を見ている。
そんなことは日常茶飯事で、美和子は気にも留めず同室のキッチンスペースへと向かった。
寝ているのかしら?
そう思ったのは、後ろから見る志保里の首が傾げるように傾いていたからで、美和子は食器棚の中から菓子がぎっしりと詰まったボールを取り出すと、寝てしまった志保里のもとへと歩み寄った。
「ねえ、しほちゃん。ちゃんと着替えてから寝なさいな」
ソファーの前にある足の短いテーブルに菓子を置き、志保里を見る。
その幼い顔は青く変色し、葉脈にも見える赤い筋をいくつも浮き上がらせている。
口は僅かに開いていて、透き通っていたハズの瞳は、開いたまま黒目を失っていた。
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