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ほんの数刻であったが、何故だか長い時ずっとヒガンバナを見つめているような、まるで赤い花に魅入られているような気分だった。
目の前に広がる閑散とした墓地がそう錯覚させたのか、冥土のまとうピリピリ張りつめた空気に、居心地の悪さを感じたからかもしれない。とうとう耐えられなくなって浜路は踵を返す。
「ほらっ。置いてくぞ!」
浜路の一声で、冥土ははっと、正気に戻ったとでも言いたげな間の抜けた顔になる。かと思えば口の端をあげて笑顔を垣間見せた。
「おっと。僕としたことが、あまりに怪奇的な現象に思わず創作意欲をかきたてられてしまいましたよ。これは超大作の予感がしますね。
神楽さんの屋敷に戻ったらさっそく筆を取らねば!ああっ、商売道具のない背中が妙にものさびしい!」
「それはいい。いっそそのもの寂しさに便乗してしんみり道中を行けばいい。少しは静かになるだろ」
「やや、何やら刺のある口ぶりですね。僕浜路さんを怒らせるようなことしましたか?」
何をしらじらしい。先ほどから何かと挑発じみた発言をしているその口で、よくもそんな台詞が吐けたものだ。
「しらばっくれるなよ。あたしが昨日冥土を煙たがったのを怒ってんだろ?そりゃあ、あたしもちっとは悪かったと思ってるけど…、それにしても今日の冥土は意地が悪いぞ」
頬をぷくっと膨らませて浜路は抗議の視線を冥土に送るが、当の冥土はあらぬ方向を向いて視線をさまよわせている。
すると「僕が浜路さんに怒ってるなんてそんな訳ないじゃないですか。嫌だな、さっきの馬子にも衣装っていうのはほんの冗談ですよ」といかにも取ってつけたような言い訳を返してきた。
「……、冥土お前ヘンだぞ?なんか元気がから回ってる感じだ…。」
「それは新しい物語の片鱗が僕の中にくすぶっているせいですよ。ああっ早く筆をとりたい!この気持ちの高ぶりをどう表現したらいいでしょう」
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