二、 浜路と冥土、犬人間の噂を聞く

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麓の港町までは、成人した大人が歩いても往復で丸一日はかかる。 神楽の屋敷は近くの村からも少し離れた山奥にあるため、普段は山菜や狩りをして生活をしのいでいる。麓まで降りるのは、婆の遠く離れた親戚のはとこに会いに行くくらいのもので、 年をとってからは山の中腹へ下りることすら億劫になって婆はあまり屋敷をでたがらない。 もともと彼女は出不精で人見知りな性格であったのも災いして、村では神楽を山姥だの禿鷹爺だの好き放題の言われようだ。 それが嫌で浜路はめったに村にはよりつかない。 麓まで下りるときは村を突っ切った方が近道になるものを、わざわざ遠回りして下りるほどに毛嫌いしている。 しかし、冥土はそれなりに村の若者衆と交流を持っているようで、村娘からも好奇の目で見られていると婆に聞いてからはますますもって気に食わない。 「浜路さん、このまま村を通って渓谷を抜けましょう。遠回りしていると帰りが遅くなって神楽さんが心配しますし、道節さんもまだ熱が下がらないようですから。」  いうが早いか、冥土は浜路がごねる前に先手をうった。浜路は語調を強くして、わかったよ、と返した。 しばらく一本道を進むとさびれた神社に差し掛かった。境内の奥には墓地が広がっている。浜路は気にも留めずにさっさと通り過ぎようとしたが、冥土が立ち止まったので、浜路も歩みをとめた。 どうした、と聞こうとすると冥土の視線の先に真っ赤な花が咲いているのが見えた。夕日よりも鮮やかな鮮紅だった。 「ヒガンバナ…?」  冥土は怪訝な顔をしてヒガンバナに近づいた。雑草の中に一輪の花が咲いているせいで、ひときわ赤が輝いて見える。 「こんな初春に…ヒガンバナが」 「へえ。ヒガンバナってのか。この花がそんなにおかしいか?あたしは綺麗な赤だと思うがな。」 「いや。ヒガンバナは時期的に秋に咲くもので、こんなうららかな春に咲くはずはないんですが…。」  そうか。道理で映えすぎる赤だと思ったら、いつもは紅葉した葉にうもれて見えにくいから気にしていなかった。冥土はヒガンバナを食い入るように見つめている。
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