一、 浜路、床に伏せる兄、道節を看病す

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 目と目が合うと、何かが一匹と一人の間に流れている気がした。 ぎゅっと握った銃は燃えるような熱を持っている。 よわよわしく紡がれる獲物の声音は、はかなげながら、しかし鮮明だ。 『俺はまだ月の光を見ていない』 赤黒い血をはきながら笑う一匹。白く美しいその横顔に、胸が騒いだ。かすかに赤く染まったほほを隠すように、青白い顔に銃を突きつけた。 黒い闇に浮かぶのは満月。地上に向かってまっさかさま。反転する世界をしり目に、浜路はただ一点を見つめていた。恐ろしいほどに空虚でさびしいあの月の光を。            *  春の風が浜路の髪をゆすぶった。 浜路はぼうぼうと草が生えた桟道を一人歩いている。その手には捕ったばかりの獲物。その背には身の丈にあわない大きなずた袋が背負われている。  浜路が愛用する猟銃がつまったずた袋は、江戸を出たその日に飯屋の船虫からもらったものだ。 しかし、既に所々が擦り切れて銃口のふた変わりに巻きつけられているのだ。銃一丁と、泥がはねた着物をきた浜路は旅支度としては身軽なものだった。
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