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一面の見事な花畑が広がっていた。
漁港がすぐに見える丘の上の小さな花畑は、村でも有数の名所となっている。
丘の上にひょっこりと生えている小さな祠の岩肌はごつごつと尖っていて、周りの石ころに比べるといかにも歪であった。
伝説というには歴史が浅いし、怪奇現象とするにはあまりに突如として起きた変化であったが、岩肌は数カ月までは光沢のあるつややかな岩石であった。
それが何の予兆もなく忽然と、いや、一夜にして刺々しい表面に代わり果ててしまった事件は、村の子供から大人までみんなが知っていた。
誰それが言い出したわけではないが、昔から丘の上の祠には村の守り神が奉られているとの言い伝えがあった。
半信半疑であった少数派の村人をしり目に、古くからの伝統を重んじる保守派の面々はまるで人間とは思えない奇声をあげて、毎夜毎夜何かに怯えたように村を徘徊していたものである。
これが、つい先先日のこと。ぱったりと。信者の奇行は終局を迎えた。何ということもない。皆“喰われた”のである。
「やれやれ、もう春かね。この間までは霜が降っていたと思ったのに。
おかげさまで厳しい冬でふさぎこんでた婆もすっかりごきげんになっちまった。これぞ快気現象ってやつだねぇ」
ざっくばらんに切りそろえた髪を揺らして、『宗助』はひんやりと冷たい空気を吸い込んだ。
漁港の魚の死臭が混じった空気よりはまだ美味しいものだ。冷気を含んでいるせいか胸のあたりがきりきりと痛む。
宗助は土まみれになった腕を軽くはらって、今の今まで祠の下の土を掘り返していた木の棒を丘の先の断崖から放り投げた。それから、辺り一面に生えている花を適当に一輪摘み取って、左手に携える。もう一方の右手には酒びんが握られていた。
「餞別だ。冥途の土産にもってきな。」
宗助は埋めたばかりの土に酒びんの中身を目いっぱいぶちまけた。
きりりと凛々しく生えそろったまつ毛を揺らして、宗助はこの一瞬を惜しむかのようにゆっくりとまたたきする。ふと空を仰いだかと思えば、宗助はにやりと口の端をつりあげ、聳え立つ山脈を見上げた。
丘へと続く坂道から宗助を呼ぶ声がする。彼は名残惜しくも、しかし、あっけなく祠に背を向けて走り出した。季節は初春。如月―――…。
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