7/10

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 黒助はしばらく唸っていた。だが、観念したように喋りだした。 「君は僕を救ってくれた。人を傷つけることしかできない魔薬を作り続ける、父親の傀儡だった僕を、君は解放してくれた。それだけじゃない。君と一緒にここで過ごして、僕の中で君の存在はかけがえのないものへと変わっていた。釘宮君、君はね。僕にとって『胸に釘』な存在なんだ」  眉尻を下げ、黒助は恥ずかしそうに眼をそらす。  胸に釘。弱いところを突かれてうろたえること。  黒助は、俺を黒助にとっての弱点だと表現した。 「気が付けばいつも君の事を考えている。口では君とよく喧嘩をしたけど、本当は君の一言一言に一喜一憂して、嬉しかったり凹んだり、感情が揺さぶられた。自分が弱くなってしまったと思うくらいに」  黒助の黒い髪の毛から覗く白い耳が、今や真っ赤に染まっている。  黒助は大きく息を吐く。緊張が俺にも伝わってくる。強張った唇を無理やり動かすようにして、黒助は俺に告白した。 「釘宮君、僕は君の事が好きみたいだ」 「お、おう」  俺はのけぞりそうになる。何だこれは! 気恥ずかしさで死にそうだ! まさかこの俺が、これ程人間らしい感情に襲われるとは、夢にも思っていなかった。  そういえば葛葉がさっき拒絶したのは、俺達二人共だった。そして魔薬を打ち込んで症状を鎮静化させた、今の黒助の性別は、女へと戻っている。  恥じらうように唇を噛んで、上目遣いで俺を見る黒助からは、なんというか、今まで感じたことのない『女性らしさ』を感じる。  瞼にかかる漆黒の前髪。思いのほかに長いまつげが、自信無さ気に下を向いている。瞳は濡れたように光を反射して、俺を映している。 「うぐ」  俺は思わず呻いた。待て、俺が好きなのは釘だ。確かに人間に興味を持ってもいいか、なんて思ったけど、でも、うわあ、これは――  可愛い。  純粋に、そう思ってしまった。俺にとってこの感情は釘に対する浮気である。スクリュー釘の螺旋美も、カラー釘の鮮やかさも、ストレート釘の芯の通った力強さも、この一瞬においては、黒助の可愛さの前に跪いていた。  馬鹿な……この俺が……こうも心を乱されるとは……!  内心で悶える俺に、黒助は袖を握って視線を彷徨わせながら、消え入りそうな声を届かせた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加