第一話

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 複数のご近所さんの目撃証言によるところでは、朝に出かける日は、ご町内をふらふら歩いて、頃合いになったら道端やら寺の石段やらに座って緋沙子手製の弁当を食い、その最中、気まぐれに猫やら鳩やらに餌を投げたりし、古書店で立ち読みをしたり、古道具屋を覗いたりしてから帰ってくる。  今日のように夕刻出かける日は、繁華街などに出てうろうろした後食堂で夕飯を食らい、飲み屋の女将やら屋台の親父やらに顔見せをして帰ってくる。  大体そんな風らしい。  それでもたまに、思い出したかのように、幾ばくかの金を懐に入れて、緋沙子の元へ持ち帰ることもある。  しかし、その金の出どころはまったくの謎である。ろくでなしのこの兄は、これっぽっちも働いてなどいないのだから。  人にたかったりものごいをしたりという「働き」さえも。
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