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やっとでズボンの最後の仕上げをして、一息。
と、出来上がったばかりのそいつから、潮(シオ)がぷわんと香った。しかも、普通の潮ではない。どろどろした生臭さのある、屍臭の潮と、普通の海のそれよりとろりと濃くて塩辛い潮の香(カ)が、ぐちゃぐちゃに絡んで入り交じっている。
緋沙子は唇の端を舐めるようにして、空気の端を舐めた。腐った桃のような味。
ほんの少しだけ眉を寄せて、彼女はぽそぽそ呟いた。
「やらしいなぁ……嫌な潮やなぁ。しゃあないか……。別にうちは、芳ちゃんさえ良かったら、他は別にどうでもええねやけど……やけど、見てしもたからにはなぁ……」
しばらくそんな調子で独り言を言ってから、別の客の仕事に取りかかる。
「さよなら三角また来て四角……」
呪文を唱えるように小声で歌いながら。
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