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緋沙子はちくちくと、男物のズボンの直しをしていた。身内の物ではない。客からの依頼の品である。
黙々と作業をしていた彼女の赤い唇から、小さく歌が漏れ始めた。
「さよなら三角また来て四角、四角は死角、鉄塔の上。まっかな金魚がお空を飛んで、はらはらひらりと舞い落ちる……」
この頃、子供らの間ではやっている、紅薔薇少女合唱団の唱歌だ。
と、少女のその声に、男のものらしき外れっ調子の鼻歌が重なり始める。
「……の御池にお砂糖ひとつ、ぐるぐる回せば影祭り……」
襖をそそっと開けてひょこりと顔を出した鼻歌の主、それは緋沙子の兄、芳一(ホウイチ)だった。
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