紫陽花

8/15
前へ
/17ページ
次へ
傘は途中で捨てた。両手で釣り合いをとらなければ、水流に負けて体勢を崩してしまう。 身体は冷え切っていた。心は失望と後悔を通り越して、今は怒りで燃えていた。 押し寄せる濁った波が流動物とは思えない質量を以て行く手を邪魔する中、必死で家を目指した。 道など見えない。だが、叩きつけ続ける雨粒の隙間に薄っすらと見える家並みだけを頼りに進んだ。 激しくうねる水面が、良く見えなかった。その下に何があるのか、分かるような状況ではなかった。流されてきた重たい何かが、引っ掛かって止まって水の流れを遮っているのだろうくらいに思った。踏み出した一歩は、その障害物を避けたつもりだった。 足を置いた先には、その通り何もなかった。何も。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加