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気がつけば、俺はずぶ濡れになって、我が家の前に立ち尽くしていた。
ここまで歩いてきた記憶が全くない。濡れ鼠の俺は、ふと、突然目の前に迫ったその時に、ひどく狼狽した。
母に合わせる顔がない。
いったい、どんな顔をしてこの扉を開ければいいのだろうか。分からなかった。それ以上に、この扉を開けてしまえば、そこにいるべき存在が、まだいてくれるのか、それとも、もうどこを探してもいないのかーー確定してしまう。それが、怖くて、前進も、後退も、できないでいた。
いつまで立ってもドアノブに手をかける踏ん切りがつかないでいた俺は、ふと、家から灯りが漏れてこないことに気づいた。
まだ寝る時間には早く、シュンや俺の帰りを待たずして母が寝るとは余計に考えにくい。
胸に嫌な予感が去来して、たまらず扉を押し開いた。中は真っ暗で、そして母は、そこにいた。
玄関から中に入ってすぐの所。靴を脱ぐスペースから一段高くなったところに座ってうつむいていた。俺の騒がしい帰宅にも驚く素振りを見せず、生気を失った様子の母はゆっくりと顔を上げた。
そのやつれきった表情に、かける言葉など浮かぶはずがなかった。振り乱された髪の毛が顔にかかるのを無造作に払ってから、母の顔にようやく一握の安堵が滲んだ。
「セツナ……ああ、セツナ……!」
そうして、すがるように俺に抱きついてきた。いつも頼もしかった母の頭が、実は俺より低い位置にあったのだと、今初めて知った。
母は、既に事情のいくつかを知っているようだ。そして、今、泣いているのは、つまりーー
身を切るような思いで、俺はやっと、告白した。
「……ごめん、母さん…………俺、シュンを……守れなかったよ…………」
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