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生まれ変わり。転生。そんな、自分の存在が一新されたような爽快感に包まれて、俺はのそりと上体を起こした。
途端、爽やかな風が正面から顔を直撃し、髪をかき乱した。うっ、と思わず目を閉じてから、俺はゆっくり、再び目を開けた。
「……は」
飛び込んできた光景に、呼吸を忘れた。
白雲を散りばめた蒼穹の下に、時代を千年は遡ったようなヨーロッパの街並みが広がっている。
正面を貫く目抜通りは、布切れ同然の装いをした大勢の人間で賑わい、城や協会とおぼしき巨大な尖塔が構える、街の中心部へと続いている。石畳の上をガラガラ言わせて馬車が走り、露店商の威勢のいい客引きの声が、ケルト音楽に乗せてここまで届いてくる。
呆然と、辺りを見回す。俺は街を一望できる丘の上にいた。背後を振り返ると、大きな池があった。歩み寄り、覗き込むと--澄んだ水面に、慣れ親しんだ俺の顔が映った。
信じられない。いっそ残念なぐらい俺の顔だ。もう少しディテールをぼかしてくれた方が男前になったのではないかと思うほど、ほぼ完璧に俺の容姿がアバターに反映されている。
いや、そもそも……今の俺の体は、本当にアバターなのか。
手を握ったり、首を鳴らしたり。試しに色々動かしてみたが、一切の不自由もラグも存在しない。むしろ、慢性的な肩こりや寝不足の気だるさが解消され、普段より体が軽いぐらいだ。
今一度あたりを見渡す。この、美しい世界が……仮想空間? あり得ない。風の匂いも、太陽の温かさも感じる。何より、この景色の解像度はなんだ。
最新鋭のグラフィック技術も裸足で逃げ出す最高画質。まさに、現実にモノを見ているかのよう。
ここは、本物の異世界ではないのか。その可能性の方が、俺にはよっぽど現実味があった。
再び池を覗き込む。ジャージ姿でカプセルに入ったはずだったが、水面に映る俺はずいぶん珍妙な服装をしていた。
麻のシャツにレザーの胸当て。それだけでも馴染みがないが、極めつけは、右腰に差してある革製の鞘。三十センチほどの……恐らく、短剣。武器だ。
ハッ、と電流が走った。あらゆる既視感が一つに繋がり、かつての記憶を色鮮やかに呼び起こす。
六年前、父がくれたPCゲームの中で、俺はこの世界を見たことがある。この服装は、その世界で、俺の選んだ主人公が最初に身にまとっていた装備そのものだ。
ここは、あの《ユートピア》の世界なのか。
俺が六年前にプレイしたゲームの世界で、これから、人類が生きていく--
涙が流れた。
涙が流れることに感動して、さらに涙が溢れた。そんな、素敵なことが、あっていいのだろうか。
六年前、骨の髄まで魅了されたゲームの主人公に、今、俺自身がなっているのだ。
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