プロローグ

3/3
12918人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ
 通常、この世界で死んだ場合は、最終チェックポイント(大抵の場合、直前に眠ったベッドの上)で復活(リスボーン)することになる。  だが《フリーバトル》に敗れた場合はその限りでない。勝敗が決した瞬間、硝子のように砕けて消えるドームの中心で、即座に肉体(アバター)が復元される。本来支払わなければならないデスペナルティもない。  蘇生エフェクトである柔らかな緑色の光に包まれ、俺は何食わぬ顔で復活した。一度死んでから再び復活するまでの僅かな間はいつも、意識はあるのに体はない、という不思議な感覚だった。 「今日は惜しかったね、セツナ」  開口一番ケントは苦笑いを浮かべて俺を労った。肩に置かれた手を邪険に振り払ってそっぽを向く。 「どこがだ、一撃も入れられないで」  ふと、一陣の突風が吹いた。薄汚れた都会とは比べ物にならない、美味い空気を全身に浴びると、やさぐれた気分が落ち着いていった。  太陽の温もりもこの空気も、風に揺れる草木の奏でる爽やかな音も、街の活気も。  俺が五感で感じているもの全てが、仮想--脳がハードから受け取った擬似情報であると、いまだに信じられない。  ここは、仮装世界《ユートピア》。第二の、地球。  俺たちがいるのは、街外れの丘の上だ。フリーバトルフィールドは半径二十メートルというサイズでありながら、外部からのあらゆる侵入を許さないため、下手な場所での対戦は大迷惑となる。滅多に人のこないこの丘は、お気に入りの遊び場だった。  並んで、柔らかな芝生のベッドに体を横たえる。向こうでは外に寝転がる場所なんてなかったから、ただこうしているだけでさえ、十分に楽しい。  ケントが「そういえば」と口を開いたのは、少し経ってからだろうか。 「もう一ヶ月か。なんか、あっと言う間だね。……地球は、今ごろどうなってるんだろ」  そうか。滅びを向かえた地球から逃避し、この世界に人類が意識を移住させてから、今日で丁度一ヶ月が経つというのだ。メニュー画面の時計表示を見ても、実感がわかない。  あの日から、俺たち、いや、人類の生活は一変した。  人口のほとんどを失いながらも、システムに統治され、全てがお膳立てされた完全無欠の平和の中で、学校にいくことも、働く必要もなく、毎日こうして凶器を振り回して遊んでいる。  それが今の俺たちの日常。かつての俺なら、狂っていると言ったに違いない。 「一ヶ月……もう、そんなに経つか」  人類の全てが終わり、そして再び始まった日の記憶を、俺はぼんやり回顧し始めた。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!