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時計塔が崩れてからどれくらい経っただろうか。
あの日から俺の生活は元に戻った。
鐘が鳴り響けば消えていく人。
誰も居なくなった世界。けれども存在していた。俺、高階、大塚、叶先生。
誰も居なくなった世界に存在していた奴ら以外は知らない。
つまり、消えていた奴らは覚えていないのだ。
時計塔があったことを。
「おはようございます…あれ、朝から描いてるんですか?」
俺は今、親の了承を得て、高階の家へ泊まりに来ている。勿論、勉強を教える為だと上手くはぐらかして、だ。本来の目的を告げれば、それこそ家へ監禁されてしまうだろう。
今は高階の部屋で大きなキャンバスを広げている。
まだ描きかけのキャンバスには何種類もの青が塗りたくられていて、何が出来上がるのかだなんてまだまだ検討もつかないだろう。
『はよ、起きたか?飯なら出来てる。』
「大分作れるようになったんですね。」
こう、人と他愛のない会話が出来て、俺はつくづく幸せを噛み締めていた。
初めて独りぼっちになった時、変な脂汗をかいて不安になったこと。何より人を求めたか。
もし、このまま人が帰ってこなかったら…
もし、このまま独りだけだったら…
今思い出しても、背筋が凍り付く。
消えてしまえばいい。
独りで十分だ。
「時音先輩も。」
そう言っても、この男はやはり何処かで人を求めていたんだろう。
寂しかったんだろう。
だから、俺が居る。
俺は青に染まったパレットを机の上へ置くと、キッチンへと足を向けた。
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