ダス・ゲマイネ

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「そうか、君は太宰治を知らないのか。」  口を開くなり、彼女はそんなことを言った。 「太宰治ぐらい知っている。だが今の言葉と太宰には何の関係がある?」 「知っているかい? 太宰はね、多摩川で入水自殺をしたんだよ。今の君みたいにね。」  どうやら、彼女は僕の話を聞く気が無いらしい。 「で? アンタは太宰と僕とを重ね合わせて何が言いたいんだ? 太宰の様に死ぬなってか?」 「いや、死ぬのなら勝手に死んでくれ。 私と君とは特にそんな間柄でもないしね。」  そして、彼女は一つ深呼吸して更に続けた。 「だが、ここで君が死ねば、私は君が『私への嫌がらせの為に死んだのか』と自惚れてしまう。それでも良いと言うなら、今すぐ死ねばいい。」  彼女のその言葉には、少し引っ掛かることがあった。 「つまり、アンタは遠回しに『目覚めが悪くなるから死なないでくれ』……と言ってるんだな?」 「まぁ、そう言うことね。そして、死ぬなら『ナポリを見てから死ね!』と言う言葉に倣(ナラ)って君にこれを渡すわ。」  そう言って、彼女は鞄から一つの本を取り出し、こちらに差し出した。 「どうせ死ぬなら、死ぬ前に一つくらい小説を読んでも変わらないでしょう?」  彼女に渡された本の表紙には『ダス・ゲマイネ』と書かれていた。作者は太宰治。 「そう言えば君、名前は何と言うんだい?」  名前か……死ぬ前に名乗っても仕方ないが、 「黒川(クロカワ)太治(タイチ)だ。アンタは?」  なぜか、名乗りたくなった。 「私は、大友(オオトモ)晴香(ハルカ)よ。」  これが、僕と彼女の出会いであった。
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