2人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうか、君は太宰治を知らないのか。」
口を開くなり、彼女はそんなことを言った。
「太宰治ぐらい知っている。だが今の言葉と太宰には何の関係がある?」
「知っているかい? 太宰はね、多摩川で入水自殺をしたんだよ。今の君みたいにね。」
どうやら、彼女は僕の話を聞く気が無いらしい。
「で? アンタは太宰と僕とを重ね合わせて何が言いたいんだ? 太宰の様に死ぬなってか?」
「いや、死ぬのなら勝手に死んでくれ。 私と君とは特にそんな間柄でもないしね。」
そして、彼女は一つ深呼吸して更に続けた。
「だが、ここで君が死ねば、私は君が『私への嫌がらせの為に死んだのか』と自惚れてしまう。それでも良いと言うなら、今すぐ死ねばいい。」
彼女のその言葉には、少し引っ掛かることがあった。
「つまり、アンタは遠回しに『目覚めが悪くなるから死なないでくれ』……と言ってるんだな?」
「まぁ、そう言うことね。そして、死ぬなら『ナポリを見てから死ね!』と言う言葉に倣(ナラ)って君にこれを渡すわ。」
そう言って、彼女は鞄から一つの本を取り出し、こちらに差し出した。
「どうせ死ぬなら、死ぬ前に一つくらい小説を読んでも変わらないでしょう?」
彼女に渡された本の表紙には『ダス・ゲマイネ』と書かれていた。作者は太宰治。
「そう言えば君、名前は何と言うんだい?」
名前か……死ぬ前に名乗っても仕方ないが、
「黒川(クロカワ)太治(タイチ)だ。アンタは?」
なぜか、名乗りたくなった。
「私は、大友(オオトモ)晴香(ハルカ)よ。」
これが、僕と彼女の出会いであった。
最初のコメントを投稿しよう!