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 日の出の気配を感じて、目が覚めた。  けれど、まだ空は暗い。  東の地平線がかすかに白んでいる程度だ。  隣に寝ていたモンテグロが身じろぎをした。起きるのかと思ったが、奴は丸まってもう一度寝なおしてしまった。  俺はそっと寝床から抜け出し、〈窓〉ぎわへ移動した。夜の間に冷えた空気が〈窓〉から入り込み、ひんやりと顔を撫でていく。  震えが顔から足元へ抜けていった。  夜明け前の黎明が好きだ。まだ誰も飛んでいない真っ新な空が好きだ。  少し、翼の様子を確かめてから、俺は〈窓〉の下へダイブした。遥か二千五百m下の雲海へ。  冷たい空気が全身を押し包む。  一度瞬きをしてから、思いっきり翼を広げた。  翼全体に空気のたばを掴む。風切り羽を少し広げて、余分な力を逃がしながら、冷たい空気の見えない梯子を手繰って、躰を上空へ引き上げていく。  俺たちが住んでいる世界には、一面の雲海と、その雲の上に所々顔を出してそびえ立つ大小さまざまな山しかない。  雲海を成す薄紫色の雲は俺たちには有毒で、触れたからといって即死するわけではないが、長時間その中に居ることはできない。綿あめのように甘い匂いがするその雲は、僅かばかりだが粘性があり、少しずつ身体にまとわりつく。まとわりついて、やがて身体の自由を奪い、命も奪って行く。だから、好んで雲の下に飛び込む奴はいなかった。雲海の下がどうなっているか、たぶん誰も知らない。  山と山の間を結ぶものは何も無い。飛ぶ翼を持たない者たちにとっては、その距離は絶望的に遠くて、行き来できない彼岸の距離だ。だから、この世界に住む翼を持たない人々は、おおかた自分の生まれた山しか知らないし、死ぬまでその山から出ることは無い。ただ、俺たち『翼ある者』だけが、山々の間を飛び回る。  だからといって、俺たちが特権階級という訳でも無い。むしろ、翼を持たない者のほうが多い世界だから、俺たちは畏怖の念で見られ、遠巻きにされている感じだ。
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