第1話 残酷な辞令

4/6
前へ
/38ページ
次へ
「大丈夫だよ。俺が責任をもってお前を主任に戻すから」  安藤はわたしの背中に手を回し抱き寄せた。  胸元からマリンの香りが漂う。  この香りに包まれるだけで昔は幸せを感じていたっけ。  今は痛みしか与えない香りを振り払うように、その胸を力強く押し返した。 「やめてよ! 今の地位はわたしが努力して手に入れたものよ。あなたに助けられたわけじゃない。これからだって、あなたの助けを借りるつもりなんてないわ」  キッと睨み付ければ、「もちろんだよ」と彼は降参でもするかのように両手を上げて肩を竦めた。 「どうしてこんなふうになっちゃったのかな。入社してきた頃は初々しくてかわいかったのに」  かわいくなくなったのは誰のせいよ。  そんなセリフを辛うじて飲み込んだ。  今でもわたしが安藤を好きだなんて勘違いされたら悔しい。  安藤とわたしの関係は社内でも知られていた。  だから、わたしが主任に昇進した時は、安藤が引き上げたんだろうなんて陰口を叩かれたものだ。  もちろん、そんなんじゃない。  常に営業成績はトップだったし、わたし以上の適任者なんていなかったはずだから。  そんな噂を跳ね除けるぐらい、がんばって、がんばって働いてきたのに、結果、降格だなんて。  みんなから、どんな目で見られるだろう。  自分が惨めで泣けてくる。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5205人が本棚に入れています
本棚に追加