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夏期休暇。誰もが欲しがる休みの真っ只中にあってお盆休みくらいしかそれを実感できない仕事場、名戸倉〈ナトクラ〉探偵事務所では。
「ほい、今月の給料だ」
働く人々への対価である賃金――すなわち給料が配られていた。
「うぉっしゃああ! ありがとうございます!」
飛び付くように給料を受け取った青年。そのまま小躍りして喜びを爆発させている。
「ほい」
「きゃあ~! 待ちに待った今日この日! 幸せ~!」
同様に給料を受け取った女性は、恍惚とした表情を浮かべてそれを上空に掲げた後、ぎゅっと抱えて足をバタバタさせていた。
「ほい。って、あれ、レンは?」
渡すはずの相手が居らず、シャカシャカと給料の入った袋を振って困惑を示す男、名戸倉に先ほどの女性が気付き辺りを見回す。
「へ? あれ、居ない。レ~ン~!」
見つからないということはどこか別の部屋にいるのだろう。女性は声を張り上げて件の人物を呼ぶ。
「呼んだか!?」
それに反応して男が一人階下から姿を現した。しかし、女性の目は違うと言わんばかりに細められ、続けて怒号が飛んだ。
「アンタじゃないわよ! レ~ン~!」
「……ふぁ~……ん? 何だ?」
冷房を効かせた寝室内、ベッドの上で俺はどこからか響いてくる声でも中々におっかない大声を耳にしていた。
寝心地のよいふかふかベッドでは聞き慣れた目覚ましの音、または滅多な出来事がない限り起きたりしないんだが……今回は何故だか目が覚めていた。
「ん~……ん? あれ……れ」
寝返りを打った際に視界に入った目覚まし時計を確認して、段々と意識が鮮明になっていく。
時計の針は午前10時を指していてこの時間は仕事――アルバイトの開始時間であって……ちょ……。
「やっ、ヤベェ! 遅刻だ!」
その場で飛び上がった俺は急いで服を着替えようとクローゼットを開けた時。
何やら俺の家のドアが開く音と、そこからもの凄く足音を鳴らして寝室に近づいてくる誰かの気配を背中で感じていた。
こ、この足踏みと気配は……! マズい! 絶対マズい!
直ぐ様上着を羽織りズボンに手を掛けた直後。
ノックも掛け声も無いまま、突如寝室のドアが奇妙な音と爆発したような衝撃と共に横の壁に直撃。
蝶番を吹き飛ばしその半分ほどを壁にめり込ませて、無惨な姿へと変貌を遂げていた。
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