夜歩く

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 両親の死が伝えられて一週間、涙が止まらなくなって五日目。掃除機をかけていた者がいなくなり、埃が舞うようになった家の中。お金のことしか考えていない親戚がやってきて、居間で遺産相続に関わる難しい言葉を並べ立てて帰っていった、その後。  じっとりと湿った、いやな朝だった。寝室に置いていた童話の本を読もうと、廊下に出た。自分の部屋のドアノブを回そうとした時、うまく言葉にできない不吉なものを感じた。でも、早く心を落ち着かせたくて、扉を開けた。  兄はこちらに背を向けて、床に横たわっていた。進もうとした足が止まる。童話の本がそこかしこに散乱していることに気づく。呼吸する音が、自分のものでないように聞こえた。それでも、いつものように問いかけた。  ――真っ白。真っ赤。真っ黒。ずっと、真っ黒。  清香の兄にまつわる記憶は、そこで途絶える。それより先、決して新しい物語が紡がれることはない。まるであの日、過去と今をつなぐページが無理やり破り取られてしまったかのように、彼女の心には長らく何の出来事も刻まれなくなっていた。  凍りついた記憶の世界に、果たして終わりは訪れるのだろうか。  その答えは、これから向かう場所にあるのだと彼女は信じていた。  彼とは待ち合わせる約束をしている。最悪の場合、来てくれないかもしれない。声は何度か聞いていたが、顔を突きあわせて会ったことはまだ一度しかないのだ。  ――あの人は、兄さんを忘れさせてくれるだろうか……?  浴衣に縫いこまれた花火の模様に、そっと触れる。心地よい風が一つ、吹いた。
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