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清香が待ち合わせた相手の名は、能上知也という。
始まりは、インターネット上の小説投稿サイトだった。一人暮らしの手慰みに、もっぱら思いつきで詩を書いて、好きな時に投稿していた。そんな清香に対し、能上のほうから電子メールで連絡をとってきたのだ。
アドレスは投稿時に併記していたが、スペースがあるから書いていたようなものだった。だから他人からメールが来るなんて考えていなかったし、まして能上のような有名人からいきなり私的なメッセージが送り届けられるなど、想像をはるかに超えていた。
能上はサイトの常連投稿者で、ペンネームを『御神乙哉』といった。筆力を高く評価され、利用者の間でも一目置かれる存在だった。
特に、ホラー仕立てのサスペンスには定評があった。悲惨な死を遂げる被害者の心情と、その光景を描き出すことにかけては右に出る者がないという評判だった。
そんなネット上の人気者が、どうして自分のような地味な投稿者にメールを送ってきたのか。彼は文面で、その理由を「あなたの作品に魅かれたから」と記していた。
『あなたの書く詩には、闇があります。作り物ではない、本物の闇です。美しさを問わず、誉れも求めず、ただ心の赴くままに吐き出された漆黒の闇です。少なくとも、僕はそれを感じました。だから、あなたにこうしてメールを送りました』
文通を続けるうち、清香は能上に対するイメージを少しずつ変えていった。作品を読む限りでは、物語のもつ陰惨な雰囲気に引きずられて、得体の知れない人だと思っていた。だが彼女がメールから想像したのは、細かな心配りのできる温和な青年だった。
優しさにあふれた人柄だからこそ、他人が直面する悲しみや苦しみを知り、物語で克明に描き出すことができる。そう感じ取った時、清香は能上に対して強い興味を抱き始めていた。会いたいという気持ちが、日に日に高まっていった。
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