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「先生……笈川先生」
振り向くと、小暮が泣きそうな顔で立っていた。
昼休みの食堂だ。
明るい室内に長机が並んでいるが、席は六割程度しか埋まっていない。
休憩室で食べる者もいるためだろう。
病院のスタッフたちが、おかずなどが入った皿をトレイに載せ、つかの間の休憩を楽しんでいる。
「お、一週間ぶりだねえ。しかし、何だその顔」
ひとりで定食を食べていた笈川が箸を止めた。
「あの、僕……ごめんなさい、本当にごめんなさい」
小暮の大きく丸い目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。
その場にくず折れ、両手を付いて謝罪を繰り返す。
「お、ちょっとちょっと」
小暮の肩を掴んで脇に手を入れ、立ち上がらせようとした。
笈川の顔は、左目を中心に白い包帯でぐるぐる巻きにされている。
鍵で目を刺されて一週間入院し、今日やっと復帰したのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ちょっと小暮、休憩室行くか。いや、カンファレンスルームがいいな。
……まいったなあ、男泣かせる趣味はないんだがなあ」
すでに、食堂中の視線が二人に向けられていた。
そのほぼ全員が事情を知っているようで、互いに小声で囁きあっている。
怪我人よりも頼りなげな小暮を支え、笈川は腹五分目で食堂を出る羽目になった。
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