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「月、明るいですね。懐中電灯がなくても良いくらい」
「もうちょっとで満月だったのにねえ」
笈川は懐中電灯を消し、コンクリートの床の上に置いた。
軽く金網に指を絡ませ、振り返る。
「で……何の話だっけな。告白?」
「いえ、残念ながら。
――僕、今日ずっと考えてたんですよ。始めは気づかなかったけど、カンファレンスルームで先生と話してて、急に気づいたんです」
「何に」
「あのとき……笈川先生が目を刺されたとき、どうして閉鎖病棟にいたんですか」
小暮は、微動だにしない男の顔を見た。
動揺する様子もなく、いつも通りの笑顔を貼り付けている。
「どうも気になったんでね。そんなに珍しいことじゃないはずだけどなあ」
「笈川先生は、他の先生よりも患者さんとの関係が密なのは分かっています。あのときの目当ては、六宮さんですよね?」
「そう。搬入されてからまだ三日しか経ってなかったからね」
「けど、他の患者さんに比べて落ち着いていました。先生も自分で言ってたでしょう? 薬もちゃんと飲むし、会話も続くし、易怒的なところもなかったって。抑制帯も外すよう指示したくらいでした。
それと比べたら、他の患者さんの方がよっぽど気になるはずです」
笈川は、どこか笑っているような、曖昧な表情で聞いていた。
「それに……話は変わりますが、あの救急隊員さんのこと覚えてますか? 自治隊に捕まった人です」
「ああ。オレと君が当直してたとき、六宮君を運んできた人だよな」
「そうです。あのときの自治隊非難を、誰かに密告されたんです」
「まったく可哀想にねえ」
「僕、ずっと考えてたんです」
一瞬のためらいがあった。
小暮は敢えて視線を外すと、思い切ったように口を開く。
「密告したの……先生ですよね」
笈川の表情は、なお変わらない。
しかし小暮は、今や彼の微笑がとても白々しいものに感じられた。
月光を受けた包帯が、小暮を無言で責めるようにぼんやりと浮かび上がっている。
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