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「僕……本当に申し訳ないと思ってます。先生が受けた傷の苦しみは、償いきれないくらい大きなものだと分かっているんです。
だけど、どうしてもそうとしか考えられないんです。先生じゃないって、何度も思おうとしたのに」
「君がそう言うからには、ちゃんとした理由があるんだろう?」
「自治隊批判って、みんな結構してると思うんです。路上では監視カメラが設置されてますから無理でしょうが、屋内の、監視の目が行き届いてないところでは、みんな普通に批判してるんです」
「ふうん」
「今日、山村さんのところに行きました。彼女も同じことを言ってましたよ。だとすると、どうして彼だけが密告されたんだと思いますか」
「さてねえ」
「僕、私怨だったんじゃないかと思うんです。
――あのとき、救急隊員さんの失言を聞いていたスタッフは僕を含めて五人。山村さんたち看護師が三人と、僕と、そして先生です」
「そうだったかな」
「確かにこの五人でしたよ。それで、今日山村さんに確認したんです。看護師の三人は、皆さん救急隊員さんの名前すら知りませんでした。
そして、先生は彼と知り合いだったそうですね?」
「知り合いって言っても、何度か飲み屋で会ったことがある程度なんだがなあ」
「あの場で密告することが出来る人は、僕も含めて五人です。しかも、みんな院内で自治隊批判なんか日常的に聞いているはずです。なのに、今まで誰かが密告されたというようなことはありませんでした。されたのは、あの救急隊員さんだけです。
つまり、自治隊よりの思想を持っていたから密告したわけではないんですよ。
――あの人だから、あなたは密告したんだ」
聞き終えた笈川は、眉を上げて何度もうなづいた。
未だに余裕の表情をしている。
「で? 例えそうだったとして、それが閉鎖病棟の六宮君に会いに行ったこととどう関係があるんだい」
「それは僕のほうが聞きたいですよ。先生は六宮さんに何をしようとしてたんですか?」
笈川は後頭部を掻きながら、歯を見せて笑った。
「いつも言ってるだろう、人に訊く前に自分で考えるの。訊いてもいいけどさ、まずは自分の考えを言ってごらん」
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