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「……え?」
「さっきさ、来るかどうかも分かんないのに六宮君のところで待ってたんだろ。明日直接訊くことも出来たのに、今夜もし彼の身に何か起きたらって心配してさ」
「はい……」
「経験や知識なんてこれから嫌でも増えてくだろうよ。けど、そういう気持ちはそうはいかないからねえ」
「……はい!」
小暮が、初めて誉められた子供のように目を輝かせた。
「僕、患者さんを幸せに出来るような医者になりたいです。ただ治すだけじゃなくて、この病院で診てもらって良かった、生きてて良かったって思って貰えるような。
先生はいつも患者さんに親身になって接してて、尊敬してます。
さっきだって、看護師さんじゃなくわざわざ自分でみんなの睡眠チェックしてて……」
「え? あ、ああ」
笈川は照れたのか、少し困ったような笑顔で頭を掻いた。
そのとき、ふと今気付いた様子で小暮が言う。
「そういえば先生、あのとき目だけじゃなく足も怪我されてたんですか」
「ん? してないが、何だい唐突に」
「いや、足音が変だったから……ほら、さっき閉鎖病棟で先生を待ってたとき、すごく静かだったでしょう。そのとき足音が左右一緒じゃないって言うか」
「君……変なところに気付くなあ」
「それに、入ってきたときしばらく立ち止まって何かしてましたよね。靴の調子でも悪かったんですか?」
「また尋問かい?」
「いや、そういうわけじゃないんですが、なんか気になっちゃって」
「つくづく、平穏な人生は送れないタイプだねえ」
呟きながら、笈川は屋上の扉の前へと歩いていった。
そのまま、屋上唯一の出口を無言で施錠する。
「先生、どうして……鍵……」
笈川は振り返ると、両手を白衣のポケットに突っ込みながら歩み寄ってきた。
「嫌なもんに目ぇつぶって暮らせるやつは幸せだよ。余計なことに首なんか突っ込まないでいられるやつもだ」
「あの……何を……」
小暮の足が自然と後ずさった。
さっきまで尊敬の念を込めて見ていた男の心が、全く読めない。
あの笑顔は一体何を意味しているのだろう。
「いたるところに設置されている監視カメラは、もちろん自治隊非難の発見にも役立てられてはいるが、一番大きな名目は防犯だ」
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