閉鎖病棟

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やけに湿った夜風が頬をなで上げる。 後ずさりながら、小暮は笈川の顔から目が離せないでいた。 「さあ、君の目的は何なんだ。どうせここは監視カメラの射程圏外だ。互いに腹を割ろうじゃないか」 「た、ただ僕は気になっただけで……そんな、目的なんか……」 しどろもどろの、情けない答えだった。 目がせわしなく周囲を見回してはいるが、退路らしきものは一切発見できない。 「何か気に障ったならもう言いませんから……ただ、靴の中に何か仕込んであったりするのかなって思ったりしただけなんです。嫌ならもう二度と言いません、ほ、本当です」 「憶測だけで夜の閉鎖病棟で待ち伏せするようなやつが、そう大人しく引き下がるとは思わんがね」 焦らすような歩調ながら、確実に笈川は近づいてくる。 「僕は……殺されるんですか……」 喉が、無意識にひくひくと震えた。 「今後の反応によっては、あるいはね」 助けを呼ぼうにも、大声どころか上手く喋ることすら出来そうにない。 しかし、例え大声を出せたところで、こんな屋上まで助けがくるわけもなかった。 「これが君との最期の会話になるかもしれない。ひとつ、面白い話をしてあげようか。 ――鎌状赤血球については知っているね?」 小暮の背中を、金網のフェンスが打った。 これより後ろに逃れることは出来ない。 しかし、彼は恐怖を感じながらも、一体なぜ笈川はこんな話題を出すのだろうかと訝った。
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