精神科救急外来

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「離せ、死ね、裁きを受けろ! 離せえええええええええええええええええええええええ」 「おうおう、元気良いねえ。元気な子は好きだよ」 「先生、いいから早く手伝ってくださいよっ!」 男に怪我はない。 この大阪府精神科医療センターは、通常の救急病院ではなく、日本でも数少ない精神科救急の外来を持つ病院だ。 「酒はやってないな」 笈川は拘束された男のにおいをかぎながら、近くにいた救急隊員に目を向けた。 「腕に注射跡もなかったし、薬でもなさそうです。なにしろ暴れるんで、見落としがあるかもしれませんが」 「飲んだりスニったりって可能性もあるからなあ」 スニッフとは、鼻から掃除機のように薬を吸引することを言う。 効き目は注射器による摂取よりは劣るが、経口摂取に比べれば効果的だ。 「で、身元も何にも分かんないの? 状況は?」 「それが、テレビ局にいきなり押しかけて叫び始めたらしいんですよ。しかもその内容が、自治隊非難」 自治隊とは、この大阪府に置かれた自衛隊のようなものである。 前任の大阪府知事が強力に地方自治を進めたことで、大阪府は、日本国の中に浮かぶ独立国のような存在となった。 日本政府では成し得ないであろう画期的な条例が制定され、見る間に活気付いて、若者たちはこぞって大阪に流れ込んだ。 しかし、その結果起こったのは異常なまでの治安悪化だった。 麻薬。 銃器。 殺人。 大阪はアメリカのスラム街のような様相を呈し、悲鳴や銃声を耳にすることは日常茶飯事となった。 そこで結成されたのが、大阪専用の特殊治安部隊『自治隊』である。
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