精神科救急外来

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「六宮さんね、さっき学生証見せてもらったよ。阪大卒かあ、頭良いんだねえ」 笈川は小暮の肩を叩くと、入れ替わるように六宮に話しかけた。 「六宮さん、ケータイ持ってないよね。独り暮らしかな? ご家族に連絡して来て貰いたいんだけど」 「自治なんて建前だ、地獄だ! 死ね、悪魔が統一している、造物主を殺せ!」 「自治隊が嫌だったんだ? で、テレビ局で何か喋ろうと思ったのか」 六宮の表情が、わずかに緩んだ。 「そう……そうです、神託がありました。このまま放っておけば大阪は、日本は悪魔に飲まれると」 「悪魔ってのは、自治隊のこと?」 「自治なんかじゃない、独裁だ、あいつらはすでに盲目の神との契りを終えている! このままじゃ潰されるぞ! 潰される! 潰れるうううううううううううううううううう」 再び、六宮の抑制帯が軋んだ。 笈川はいつも通りの柔和な表情のまま、看護師に右手を差し出す。 「ハロペリドール10、ロヒプノール0.2」 共に精神科でよく使われる薬だ。 落ち着かせ、眠らせることが出来る。 「ちょっと、いきなり注射はまずいんじゃないですか? せめて飲んでくれるか聞いた方が……」 小暮が言うと、笈川は顎を掻いた。 「それで"ハイ飲みます"なんて答えると思うか? 早いところブチ込まなきゃ、このカワイコちゃんは治療する前にパクられるよ」 言いながら、六宮の腕に針を刺す。 「うあああああ、やめろ、毒だ、毒があああああ!」 「すぐに眠くなるからな。そしたら、外に声が漏れない良いところに連れてってやるから」 「先生、なんとなく言い方がやらしいです」 「そりゃお前の心がやらしい証拠だよ」 「……他の先生と当直したかったです」 「残念なことだ。おまえじゃなくて、そんなことを言われたオレが」 結局六宮は、閉鎖病棟に運ばれていった。 ロヒプノールで眠った彼を、笈川はいつになく 思案げな表情で見ていた。
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