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笑顔のまま立ち去る笈川に、小暮があわてて着いていく。
「先生、百合子さんって……」
「亡くなってるよ。勝村さんの奥さんで、コンビニ強盗の人質になってたところに、強行突入した自治隊の流れ弾が飛んできた」
「勝村さんも自治隊員だったんですよね」
「突入しようとする同僚を制止して、彼も撃たれている。こっちは軽症で済んだがな」
後ろでは、勝村が亡き妻との会話を楽しむ声が聞こえた。
「幻聴、なくならないですね」
「その方が良いのかもな」
「え?」
それには答えないまま、笈川は白い廊下を進んで行った。
彼は人気があるようで、時折動ける患者が手を伸ばしては話しかけてくる。
その全員に丁寧に対応するため、一部の看護士や医者からは、仕事が遅い、マイペースだと非難の声が上がっていた。
「六宮君、こんにちは」
六宮の部屋の前で、二人は止まった。
鉄格子の向こうの彼は、部屋中央のベッドに横たわっている。
搬入されたとき以来大騒ぎすることはなく、勝手に点滴を抜いたりなどの行為も見られないため、もう抑制帯は外されていた。
「気分はどうかな。良く寝られた?」
開錠し、二人は室内に入った。
部屋は手狭で、窓と言っても鉄格子つきの小さなものが一箇所にあるだけだ。
室内は埋め込み型の白熱灯で明るく保たれている。
一般的な吊るすタイプの電灯でないのは、そこに飛びついたり物を投げつけて壊されたりする恐れがあるからだ。
天井の隅には監視カメラが取り付けられており、目立たないように黒いカバーで覆われている。
右奥にひっそりとあるのは、むき出しの便器だ。
廊下からは見えないように置かれているものの、扉や仕切りなどは設置されていない。
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