夢の始まり

22/28
前へ
/150ページ
次へ
―――ん…?……。 何か柔らかい物が触れた感触。 徐々ににハッキリし始めた耳に届くBGMに、 ゆっくりと開きかけた視界。 欝すらと映る人影と唇の感触に、ぼやける思考 に浮かんだ名前は……。 ―――ムト……。 唇に温もりを残して離れた顔を確認した私は、 一瞬にして意識を取り戻す。 「わっ、わぁぁっ……。た、卓郎」 大袈裟なくらいに体を跳ね上がらせた私を見 て、驚いた卓郎もまた、ビクンと肩を震わせ た。 「何もそこまで驚かなくてもよくないか?こっ ちの方が驚いたわ」 「ご、ごめん。だってビックリした…か ら……」 動揺を悟られないよいに答えながら、心臓をバ クバクさせる私は瞳を落ち着きなく揺らしてい た。 まさか、またあの夢を見てしまったなんて、し かも卓郎とムトを錯覚してしまうなんて、口が 裂けて言えるはずがなくて。 まともに卓郎の顔を見れずに反らした視線は、 外の見慣れた景色へと注がれる。 大きな銀杏(いちょう)の木が並ぶここは、いつ も卓郎が駐車するパーキング。 もう着いたんだと、一気に夢から覚めた私を見 つめる卓郎は、呆れた口調で苦笑した。 「まさか、僅か15分足らずで本当に眠っちま うとはな」 ふっと息を漏らして車から降り立つと、ロック をかけてキーをポケットにしまい込んだ卓郎と 共に、花壇の前を通って校内に足を踏み入れ る。 ふと瞳に映った2色のニゲラは、今日も寄り添 い綺麗な花を咲かせていた。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加