ファールとやきもち

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「親方、何かあったんですか?」  失礼ながらに首を回して尋ねると、親方は「何かあったんだよ」といい加減に答えながら、顔を引っ込めて扉を閉めてしまった。  ちぇっ、なんだよ。  かと思えば、再びギィと開くではないか。 「おい、おまえ今起きたのか」  さっきそう言ったばかりじゃないか。  もちろん、そう正直には言えないので、俺は仕方なく「はい」と答える。 「昼間はずっと寝てたのか」 「朝に薬を飲んでから、今までずっと寝てました。何かあったんですか?」 「ならいい」  面倒そうにそう言って、今度こそ親方はいなくなってしまった。  説明する必要もないってか。俺は少しむっとしながら天井を仰ぎ見る。  そう言えば、身体がいくぶん軽い。自分で自分の額に手を当ててみれば、高かった熱も寝ている間に下がったようだった。 「入っていいかい?」  水を飲むつもりで身体を起こしたその時、聞こえたのは俺の嫌いな、やけに甘ったるい声だった。  帳簿方のいけすかない優男。名前はロランという。  どうぞ、と抑揚のない返しをすると、蝶番をキィと情けなく鳴らしながら見慣れた男が入ってきた。 「具合はどうだい?」  具合はどうだい、だって?  わざわざそれを訊きに来たのかと内心俺はげんなりする。  ところがやつの目的は当然と言ったら当然、そんな近所の奥さまよろしく世間話をするようなことじゃなかった。 「ティナさんを見なかったかな? どうも昼過ぎに買い物に出たきり、戻ってきていないようなんだ」  そうか、騒ぎの原因はこれか。  俺はベッドから足を降ろして、長身のヤツを見あげる。 「朝なら見てますが、昼間は寝てたんで知らないですね」 「そのようだね。買い物に行くことは僕も聞いていたんだけど、何を買いに行ったのかまでは店の誰も知らないって言うんだ。それでもうこんな時間だろう。いつも彼女が行くような店はひととおり確認したんだけど、どうにも見当たらなくてね。もしかして、君なら知ってるかと思ったんだけど……悪い、邪魔したね。しっかり休んでくれ」  そう言ってヤツはニコニコと愛想笑いをして部屋を出て行こうとした。  そこで俺は足を大きく踏み鳴らして留まらせる。
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