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「デュ・ボアは?」
すっと歩みを止めて、振り向く顔。
「――香草店なら捜したよ」
「ジャン・ジャック、ロワ・エレーヌ、トマの小屋」
次々とあいつにとっては馴染みの店を挙げるものの、全てに首を振られてしまう。
「全部覗いてきたが、残念ながらいなかった」
あいつが行きそうな店で、俺が知っているのはそれくらいしかない。
ため息をついて、どこか他にないかと考えていると、ロランは言った。
「まだ捜してないところはあるんだ。僕が見てくるから、君は寝てたほうがいい。顔が赤いようだから、まだ熱があるんじゃないかい?」
出ていく背中に、俺は思い切り睨みを飛ばしてやる。
大きなお世話だこのやろう!
電話で連絡が入ったというのは、それから十分としない時のことだった。
なんでもあいつは足をひねって、その場にいた女性に助けられ、その彼女の家で軽く処置をしてもらったのだいう。歩くこともままならないらしい(これは親方の大きな声でわかったことだ)。
あいにく店は夕方の書き入れ時でてんてこ舞い。
おまけに帳簿方のあの男は、電話がかかるより前に捜しに出ていて不在中。親方でさえ、工房で怒号を飛ばすのに忙しい。
俺を含めて三人も従業員が欠けているせいだ。
なんだか少し俺は申し訳ない気になってくる。なんたって熱はもう下がっているのだ。
上着を着て、俺は部屋を出た。
廊下の冷たい空気に身を縮めながら俺がとった行動は、バタバタしている店を手伝うわけじゃなく、歩けないあいつを迎えに行ってやることだった。
「俺が代わりに行ってきます」と親方に言えば、返ってきたのはじろりとした目と「風邪、まき散らすんじゃねえぞ」の一言。
でも俺にはわかる。
向けられた目は確かに娘を心配する親のもので、迎えに行くなら本当は風邪ひきの俺なんかに任せるより、自分で行きたいと思っている、そんな目だ。
だけど俺だって、そりゃあ少しは、足をひねったあいつのことが心配で、歩けないなら俺がおぶってやるしかないか、とか、だけどあいつは素直におぶられるような女じゃないな、とか思っていたわけで。
だから、連絡を受けたその家にたどり着いた時には、俺は無性に腹が立って仕方がなかった。
玄関先には、顔を赤くしたあいつを背負った、あのいけすかない優男――ロランがいたのだ。
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