5人が本棚に入れています
本棚に追加
とっさに俺は物陰に隠れる。なんのためにここまで来たのか。今更「迎えに来た」などと言ったところで、俺が恥をかくだけだ。そんな馬鹿馬鹿しいことはない。
むかっ腹を立てる俺のことなど知る由もなく、赤い顔をしたあいつと帳簿方の二人は仲良しこよし傍目に微笑ましく(俺はもちろんそんなこと微塵も思っちゃいないが)、世話になったらしい女性に礼をする。
きっと、あの女性の目には、背に負い負われるあの二人が仲の良い恋人同士に映ったに違いない。
こうなったら俺ができるのは、あの二人より先に帰って、病人らしくベッドに入ることだ。
迎えに行ったことなんて気付かせない、俺が唯一あの二人に何の違和感も持たれない方法。親方に聞いたのだとしても、ベッドですでに俺が寝ていれば、「やっぱり気が変わった」の一言で済む。
それはあまりに惨めかもしれないが、俺が俺のプライドを守るなら一番良い方法だった。
かくして俺は急いで店に戻り、誰にも会わずに奥へ滑り込んで、階段をそろりとのぼると自室のベッドで布団をかぶって何事もなかったかのように目を閉じたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!