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しばらくして、扉をノックする音が聞こえた。
俺は片目を開けてじろりと扉を見るだけで、何も返事はしない。
「入るよ」
そう言ってノブを回したのは、帰ってきた帳簿方だった。
「なんですか」
彼の顔をちらと見て、それから天井を仰ぐ。
「ティナお嬢さん、見つかったよ」
「そうみたいですね」
「親方から、君が迎えに行ったと聞いたんだが――」
ああ、と俺は何でもないように答えた。
「行こうと思ったんですけどね、やっぱりやめたんですよ。なんだか妙に熱が上がってきたみたいで」
だから代わりに行ってくれて助かりました。
思ってもないことを付け加えて、俺はやつに笑顔を向ける。
ロランは、一瞬何かを言いかけるように口を開いて、結局その言葉を飲みこんだらしい。
「――そうか。とりあえず見つかって良かったよ。たしかにこじらせでもしたら大変だから、今日はゆっくり休むといい」
お大事に。妙な気配を部屋に残して、やつは出ていく。
もしかして、気づかれたか。いや、そんなはずはない。
ふうと熱っぽい息をつき、枕に頭を埋めた。
いいんだ、これで。俺は自分に言い聞かせた。確かに今また熱が上がってきているようなくらりとした感じがする。嘘はついていない。
俺は、熱が上がったから迎えに行くのをやめた。そういうことにする。
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