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* * *
額に冷たい感触がして、目を覚ました。
どのくらい寝ていたのだろう。首を横に向けると、ランプのオレンジ色の灯りに照らされたそいつが、椅子に腰かけて俺を見おろしていた。
「食欲、ある?」
尋ねてくる声に、俺は無言で背を向けた。それくらいにはまだわずかに苛立ちが治まってはいなかった。
「ファール食べない?」
彼女の言葉に、俺は何も言わない。
「作ったから食べてよ」
「……いらない」
「おいしいから大丈夫よ」
「いらないって」
「……あんたのためにせっかくおいしくてちゃんと滋養のつくもの探してきたのに」
ぼそっとした愚痴に、仕方なく俺は額の濡れタオルを取って身体を起こした。
ニコッと本当に嬉しそうに笑うものだから、いたたまらなくなる。
「はいこれ」
渡された器からただようそば粥の香りに、思わず力が抜ける。
朝からまともに食べてはいないから、たしかに食欲はあった。身体のだるさも今はほとんどない。空きっ腹には、目の前のファールがごちそうに見えてしょうがない。
「食べさせてあげよっか」
にやりとスプーンをちらつかせる姿に、俺はじろり見返すと、その手からスプーンをひったくった。
「ねえ、おいしい?」
その言葉には何も答えずに、粥を口に運びながら俺は訊いた。
「足は大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ。まともに歩けやしないもの。腫れが引くまではお店に出られないわ」
それから沈黙。俺は黙々とファールを口に運ぶ。
その様子をじっと見ていた彼女は、ふと口を開いた。
「……ありがとね」
ぎくり。手を止めて、目を合わせないまま顔を向ける。
「……何が?」
別に、と笑うその様子に、俺はそれ以上何も訊かなかった。訊くと墓穴を掘りそうな気がしてならなかったのだ。
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