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俺が食べ終わっても、彼女は部屋を出ようとせずに、少し離れたところに腰かけて静かに編み物をしている。
奉公人の女の子がひとり、俺の食器を下げに来て、それから部屋のすみで毛糸を引っ張るあいつにも「一緒に階段降りる?」と声をかけたが、あいつは首を振ってこの場に残った。
「なんでここにいるんだよ」
女の子がいなくなった後、読みかけの本から目を上げた俺は尋ねた。
「いいじゃない、別に。ここ、私の部屋だもの」
たしかにそうだ。そうだけど。
さっきから一ページも進まない本に目を戻して、訂正を入れる。
「違う、今は俺の部屋」
「だって、こっちのほうが下より居心地がいいんだもの」
その言葉に、俺は夕方の親方を思い出した。病人がいるんだからそんなわけないだろ、と返そうと思ったが、どうにもタイミングを逃してしまう。
「ねえ、そんなことより、これどう? 良い色でしょう?」
彼女は編みかけの小さいブランケットのようなものを広げて俺に見せた。
色はモスグリーン。ちなみに俺の好きな色だったりする。
「なんだよ、それ」
顔をしかめて言うと、彼女はうふふと気味悪く笑ってこう答えた。
「できてからのお楽しみ」
「ファールとやきもち」おわり
追記。
――出来上がったそれを見て、俺は一瞬絶句する。
「なにこれ」
「あんたの腹巻よ」
机に投げ出された上着と、赤土のついたブーツと、あの時見えた後ろ姿――
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