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「大丈夫ですって、すぐに見つかりますよ。店閉めたらくまなく探してみますから、見つかったらすぐに届けます」
「そんな、ご迷惑でしょう。なくした私が悪いんだから」
「気にしないでください。せっかくの常連さんに、最後になって嫌な思い出残してほしくありませんし」
「私のこと、覚えてくださっていたんですか?」
彼女は少し驚いた顔をした。
「もちろんですよ。たしか、今度お引越しなさるんでしたよね?」
『結婚』の言葉を出さなかったのは、俺の意地だ。
彼女は嬉しそうにはにかんだ後、カバンから取り出した手帳にペンを走らせ、そのページをびりっと破る。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか? もし見つかったら、こちらに連絡ください。取りにまたうかがいます」
と、俺に電話番号を書いた切れ端を渡してくれたのだ。
店を去る彼女に、すっかり浮かれ気分で手を振っていると、背後でくすくす笑う声がした。
はっとふり返って睨みを飛ばせば、カウンターの二人はそろいもそろって、ふい、とどこかあらぬ方を向く。
「あいつは?」
咳払いするかごとく、何事もなかったように尋ねると、一人は店の奥に目をやり、もう一人は「あいつって誰のこと?」ととぼけたふりをした。
さらりと無視をして、「本当にお守りのことは知らないんだよな?」と再度確認すれば、「お昼前に掃除した時にはなかったわ」と返ってくる。
その言葉に嘘はないと思った俺は店の奥に戻った。
そのまま工房を通りすぎて、帽子を外しがてら住まいの方に入ると、キッチンでコーヒーを淹れている“あいつ”の背中を見つけた。
どうやら俺が入ってきたことに最初から気がついていたみたいだ。
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