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「もう休憩?」と見当違いなことを口にしたこの店のお嬢さん(親方の一人娘だ)は、見ている俺がもどかしくなるほどに、先日ひねった足をかばい、ケンケン足でテーブルにつく。それから、カップのコーヒーをすすって「あちっ」と軽く目をつむった。
「知ってるんだろ?」
じろりと俺は彼女を見て、思ったことをそのまま口にした。
さっきのこいつの顔を思い出せば、疑わないという理由がなかったのだ。
「何のことよ?」
すっとぼけたように訊き返し、彼女は俺の態度に気に入らないという感じで睨みかえしてきた。
そうしていても埒が明かないので、俺は事の次第を説明する。もちろん最後のこうつけ加えることを忘れずに。「おまえ、隠してるんじゃないのか?」
「何よそれ!」
当然、彼女は怒って、バンとテーブルに手をついた。
と同時に、それを陰から見ていたのか、入口で俺の大嫌いな帳簿方の優男が口をはさんできた。
「君、それはいくらなんでもひどいんじゃないかい?」
これは面倒なやつが入ってきた。
思わずつっかかりそうになったところで、ぐっと抑えて息をひとつつく。
「聞いていたんですか」
「偶然だよ」と帳簿方ロラン。はっ、と心の中で吐き捨てた。どうだか。
「私がどうして隠さなきゃいけないのよ。お客様の落とし物なら、見つけたらすぐにカウンターの方に渡しておくに決まってるじゃない」
「そうさ、何を根拠に疑うんだ」
彼女に続いてロラン。――だから、おまえと話す気なんかないんだよ!
「あの人のこと、よく思ってなかっただろ」
俺がそう答えると、テーブルの彼女は大きく目を開いて、それから一瞬泣きそうな顔をしたかと思えば、今日一番の睨みをきかせてきた。
蛇に睨まれた蛙、とはこのことか、俺はそれ以上まったくなんにも言えなくなってしまった。
「ばっかじゃないの! 私がそんなくだらないことするって本気で思ってるの? あんたみたいな馬鹿の話にいちいち付き合ってらんないわよ!」
立ちあがり、ひねった足を庇うことなくこの場から去ろうとする彼女に、俺はもとよりロランも反射的に支えようと手を伸ばすが、二人そろって派手に睨まれてしまった。
「近寄らないで!」
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