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小さなパン屋の中では瞬く間に噂が広まる。どこからどう広まったかはわからないが(まあ、想像はつくが)、従業員たちにまで睨まれさげすまれ、その日一日散々なものになってしまった。
だのに、それでも俺はひどいことに、店が閉まった夜までずっと、誰より店のこと、お客のことを大事にしている彼女を、客の落とし物を盗んだ犯人だと疑い続けていたのだ。
* * *
夕方のかきいれ時も終わり、店じまいをしたその後俺は約束したとおり、なくなったお守りを探そうと店舗の方に戻ろうとして、はっと気がついた。
消されたはずの明かりがまだ煌々と灯っている。
見ると、昼間さんざん疑った彼女が床にひざまずいて棚の下を覗いている。
彼女の姿に唖然とした俺は、どう声をかけたらいいかものすごく迷った。
ここからでは顔はうかがい知ることはできなかったが、床に頬をつかんばかりに隅に目を凝らし探し物をしている彼女は、時々鼻をすすっていたのだ。
ああ、俺は本当に馬鹿だった。
今更になってようやく気づく。昼間の俺の横っ面を殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
すすりながら涙を床に落とす彼女は、俺が来たことも気づかないほど、本当に必死になって手を棚の下に伸ばして探っていた。
その様子に、どうしようかと迷いに迷った挙句、側にしゃがんで肩に触れようとすると、先に彼女の方が俺に気づいてぎょっとした顔を向けた。
ちょっとの沈黙が、永遠のようにも感じられて、怖くなった俺はそのまま頭を下げて謝った。
「ごめん、俺が悪かった。許してくれなくていいから、もう向こうに戻ってくれ」
でないとこんな寒い中、今度はあんたが風邪ひいちまう。
だけどそこまでは言えなくて、彼女の左腕を取るだけにする。ところが、これもわかりきっていたことだが、思いきり拒まれてしまった。
「足、まだ治ってないだろ。それに、風邪ひかれたら俺が親方に怒られるから」
仕方なくそう言うと、「馬鹿にしないでよ」と返ってきた。「あんたみたいにやわじゃないもの」と続けるのは、先日風邪をひいた俺のことをなじっているのだ。
そうして俺に隠れて涙を拭い、探し物を再開した彼女を見て、俺はもう一度、今度は心からの謝罪を口にした。
「疑ったりして、本当にごめん」
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