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「これ、まさか、婚約指輪ってやつ……」
驚いて呟くと、目の前の彼女は首を横に振った。
「あの子が婚約者からもらったものじゃないと思う。お母さんからもらった指輪だって言ってたもの。もともとは彼女のおばあさんの指輪なんだって。時間が経ってサファイアがくすんでしまったから、磨き直してもらうって聞いたわ」
なんでそんなことまで知ってんだ、と目を丸くして見返せば、彼女は天井の灯りに指輪の宝石を透かして、「すてき……」とぼんやり見とれていた。
「……常連さんと良い関係を築くのは当然の仕事でしょう」と彼女。持っている指輪を丁寧に袋の中にしまい、俺に渡してきた。
「届けてあげたら? あの子――あの人、デュ・ボアの向かいのテラスハウスに暮らしているから。多分、すごく困ってると思うの。引越し、明後日だって言ってた」
外は暗くなっているとはいえ、幸いにも、まだぎりぎりお宅に伺っても失礼にはならない時間帯だった。
お守りを受け取った俺は、手の中のそれをじっと見下ろした後、情けなくも一人で行く勇気がなくて、目の前の彼女を見返す。
「……一緒に行ってくれないか」
案の定、「はあ?」と呆れた声が返ってきた。
「好きなんでしょう。最後くらい想いぶつけて玉砕してくればいいじゃない」
まったくなんという言い草だ。しかし、俺はやっぱり何も言い返せずに、黙って彼女の手首を取る。
「頼むよ」
「私、歩けないから」
「……自転車、こぎますので」
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