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キーコキーコ、と錆びついたペダルの音が、街灯に照らされた、人もまばらな薄暗い路地に鳴り響く。
借りてきた古めかしい自転車の後ろに一人乗せながら、俺はただ無言でペダルをこぎ続けた。
「さむい」
背中のジャケットを引っ張って文句を言う声がすぐ耳もとで聞こえる。
「ほんっと寒い」
さっきからそればっかりだ。
目的のテラスハウスの前まで着くと、俺は呼び出しベルの前でさんざん迷った挙句、背中をドンと容赦なく押され、その勢いでボタンを押した。
ジリリリリと遠くで鳴る音を耳に、一人玄関の前で待っていると、しばらくして扉が開く。
「わ、驚いた。徒弟さんじゃありませんか」
出てきた人は間違いなく、サファイアの指輪を落とした、あの、俺のお気に入りの女の子だった。
「……こんばんは」
ちなみに、俺の背中を押してくれやがったパン屋の一人娘は、すでに自転車のところにまで下がっている。
俺が挨拶をすると、目の前の彼女はぴんときたのか、目を大きく開いた。
「あ、もしかして、見つかったんですか?」
見つかった経緯を説明して、お守りである指輪の入った赤い袋を差し出すと、彼女は心底ほっとしたように両手でそれを受け取った。
これで任務完了だ。
「わざわざ本当にありがとうございました。今、家の中少し汚いんですが、どうぞ入って。おばあちゃんも喜びます」
「いや、俺は……」
そう言って背後をちらとうかがうと、どこかよそを向いて、包んだ手のひらに「ほう」と息を吹きかけて暖めている姿が目に入った。
それから、その首元にきらりと輝くものがあることに今更ながら気づく。
そういえば。
俺はひとつ思い出した。あいつアンティークもののサファイアの指輪を首に下げていたっけ。たしか、その指輪も……
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