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「寝坊するなって言ったでしょう! 早く降りてきなさいよ!」
ああああうるさい、うるさい、うるさい! そんなにキンキン叫ばないでくれ!
パン屋の朝は早い。昨晩、やさぐれて奉公先を飛び出した俺は、連れ戻されて帰ってきたはいいが、寝不足の上に完璧な二日酔いだった。
あぁ、帰ってきたころにはもう日付が変わっていたか。
下の階から、俺を呼ぶあいつの声が鳴りやまない。そんなに馬鹿にでかい声をあげなくたって聞こえてるというのに。
というか、聞こえすぎて頭がガンガンしまくりだ。
仕方なく枕から頭を上げるものの、キンという衝撃が襲ってきて、それからくらくらと眩暈にみまわれる。
ひどい頭痛で起き上がれない。だめだ、今日は無理。仕事に行けそうもない。
響く頭を再び枕に乗せて、掛布を全身すっぽりとかぶる。
あいつの、声という名の轟音が鳴りやまない。
頼むから、誰かあのうるさい音を止めてくれ!
布団の中で耳を覆って、俺は気分の悪い頭で必死に休みの言い訳を考えていた。
正直に二日酔いだと言ったら、親方にぼこぼこにされるのは目に見えている。
風邪をひいたってことにするか?……そんなありきたりなこと、俺だって信じない。
骨が折れたってのは……添え木やら包帯やらの細工が面倒だ。
そもそも今、下で叫んでいるあいつがいる以上、俺の仮病はなんにも役に立たず、二日酔いだとすぐにばれる。
あぁ、ハンマーで頭を殴られてる気分だ! それにこの気持ち悪さ。胃の中をめちゃめちゃに引っ掻きまわされているような。
「うわ、吐きそう……」
思わず布団の中でうめき声をあげた。
「吐くならよそで吐いてよ」
すぐ近くで聞こえた女の声に、俺は驚いて布団をめくった。
おい、いつの間に部屋に入ってきたんだ。というか、俺の唯一のプライベート空間に、勝手に入ってくるんじゃねえ。
「信じらんない。まさかあんたが二日酔い?」
大声を張り上げる彼女に、俺はキッと睨んで、もう一度布団をすっぽりとかぶる。
「ちょっと黙ってくれよ。おまえのその高い声、ものすごく耳触り」
「そんなぐだぐだ言える余裕があるならね、言われる前にさっさと起きればいいのよ。お父さんはあんたが二日酔いで休むなんて、認めないからね、きっと」
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